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生産再開までの道のり(各論1)

2011/12/30

しかし、3/12(土)福島第一原発において水素爆発が発生、世間一般では、いわき市にも被害が及ぶと思われてしまい、物流が滞ってしまいました。ガソリン、食糧等の調達がほとんどできなくなってしまいました。いわき市民は、通勤することはもとより、生活さえ困難な状況になってしまいました。そこで、従業員へは、自宅待機としました。もちろん、家族の状況からどうしても遠方へ避難する従業員もいましたので、連絡系統だけは確保しながら、状況変化に細かく対応できるような態勢といたしました。工場は無人状態にすることを避けるため、社長、工場復旧対策部本長、一部従業員により毎日一定時間、工場巡視、排水処理施設汚泥確認等を行うに止め、原発の状況を見ながら、工場ライフラインの復旧を待つこととしました。当然、当初の復旧計画は変更を余議なくされてしまいましたが、再度、ライフラインの復旧時期の仮定設定を行い対応することとしました。また、東京では食糧調達が可能であったことから、弊社東京営業所営業部員に食糧を調達してもらい、工場へ輸送・従業員への配給を行いました。震災後一週間はこのような活動しかできませんでしたが、復旧後のレビューでは、このような活動を今後はもっとスムースにできるようにすることで減災度をさらに上げることができると考えております。