社長 挨拶
このたびは、株式会社浮間化学研究所のホームページにお越しいただきありがとうございます。 弊社の製品は日常生活からは目に見えない部分に存在しております。携帯電話、液晶テレビなどの電気製品、自動車、シャンプーや化粧水・美容クリーム等の化粧品、塗料、医薬品など日常生活に必要不可欠なものの素材となっており、皆様の生活をより快適にするための縁の下の力持ち的な役割を果たしております。
弊社は、化学製品の中間物を合成する分野において特質な合成反応を得意としております。設備はすべてマルチパーパスプラント方式を採用しており、いかなるニーズにも対応できるものです。
地球環境の保護が叫ばれている今、新しい技術を常に探求してゆかなければならないと考え、この美しい地球を守る為、化学企業としての使命を踏まえて環境保全を重要視し、有害ガスの処理設備は、二重、三重にて無害化し、活性炭吸着及び回収し、排水について処理設備は万全の体制を整えています。 環境の保全と調和を達成し、後世に引き継がせる責任を負って事業展開を続けてまいります。 良質な製品の提供と、環境の保全になお一層の努力する所存でございます。
経営方針・経営理念
弊社は、下記の経営方針、経営理念で事業を行っております。
経営方針
①化成品の製造・販売を通じて社会の進歩・発展に貢献する
②夢と希望に溢れた会社を創造し会社の発展と社員の幸福を実現する
経営理念
①顧客・社員・株主・地域社会等のステークホルダーを大事にする
②法令及びその精神を遵守する
③企業の社会的責任に積極的に取り組む
④社会の信頼を得る
⑤競争を勝ち抜く
⑥社員と技術を積極的に育てる
⑦モノづくりに拘り続ける
沿革
| 昭和20年 | 村山益治により長野県松本市を本店に会社設立。 村山益治、初代代表取締役社長に就任。試薬製造及び販売を開始。 同年、東京都板橋区に本店移転、工場設立。 赤外線、金属触媒によるハロゲン化、酸クロライド化、シアン化、 アシル化、アミド化、エステル化、スルホン化、Br化を中心に、 医薬、農薬、香粧品、電子部材、樹脂原料、顔料中間体を製造。 |
|---|---|
| 昭和30年 | 伊藤泰喜、二代目代表取締役社長に就任。 |
| 昭和48年 | 板橋工場改築工事終了。生産能力100t/年体制に。 |
| 昭和55年 | 鈴木昭、三代目代表取締役社長に就任し、 伊藤泰喜、代表取締役会長へ就任。 |
| 昭和60年 | 埼京線開通。北区浮間地域の宅地化が進む。 クロロスルホン化設備廃止。 |
| 昭和62年 | 伊藤泰二、四代目代表取締役社長に就任。 |
| 平成 元年 | 福島県いわき市小名浜臨海工業団地に工場用地取得。 福島県いわき市泉町下川字大剣1-134を支店とし、同地に工場移転開始。 |
| 平成 3年 | 生産部門を小名浜工場に全面移転。現在の小名浜工場原型が完成。 同時に本店を東京都北区浮間5-17-21から 東京都北区赤羽2-49-6-5に移転。 |
| 平成 6年 | 硫化水素処理技術確立 |
| 平成 7年 | 店を東京都北区赤羽2-49-6-5から 東京都北区赤羽2-51-3-9に移転。 |
| 平成 9年 | 準GMP対応温風対流式棚式乾燥機導入。 |
| 平成13年 | 反応精留塔(3,500L)を設置 |
| 平成15年 | 本店を東京都北区赤羽2-51-3-9から 小名浜工場設置罰所の福島県いわき市泉町下川字大剣1-134に移転。 同時に支店・東京営業所を東京都北区赤羽3-17-16-101に設置。 |
| 平成16年 | 支店・東京営業所を東京都北区赤羽3-17-16-101から 埼玉県さいたま市浦和区高砂1-2-1-1605に移転。 |
| 平成17年 | 第2危険物貯蔵所(220.50m²)を新築。 |
| 平成18年 | 特殊薬品製造棟を設立。 |
| 平成21年 | 東京営業所を埼玉県さいたま市浦和区高砂1-2-1-1605から 埼玉県さいたま市南区文蔵2-29-19-203へ移転。 現在に至る。 |